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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2886号 判決 1962年5月21日

控訴人 被告 東永興業株式会社 外一四名

訴訟代理人 岡村大

被控訴人 原告 幸中寅之助

訴訟代理人 三輪長生 外一名

主文

一、原判決をとりけす。

二、被控訴人の請求を棄却する。

三、被控訴人は別紙目録記載の建物部分(原判決添付図面参照)をそれぞれ同目録記載のとおり控訴人らに明渡せ。

四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決をもとめ、被控訴代理人は控訴棄却の判決をもとめた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否はつぎのとおり附加訂正するほか原判決の事実らんにしるすところを引用する。

(控訴人の主張)

(一)  本件建物の賃借人たる訴外松立産業株式会社が控訴人会社へ本件建物を転貸したのは昭和三十二年三月二十八日で、みぎ建物につき強制競売申立の登記のなされた同年三月十三日以後であるが、みぎ転貸について建物賃貸人たる訴外松浦宏の承諾のあつたのはみぎ登記前昭和三十一年暮ごろである。賃貸人たる所有者にたいする建物差押の効果は当該所有者の建物利用処分の権能を制限するものであるが建物賃借人の独自固有の利用処分権を制限するものではない。競売により建物の所有権を取得した者は前所有者たる建物賃貸人の地位を当然引継ぐものである。したがつて本件においても旧所有者松浦宏が賃借人たる訴外松立産業株式会社に競売申立登記前に与えた転貸借承諾の効果は競落人である被控訴人が当然引継ぐべきものであるから被控訴人は競落による本件建物所有権取得後前記訴外会社が控訴人会社にたいし建物を転貸することを容認すべきことは当然の理である。さらにつけ加えれば本件の場合は競売申立登記以前の承諾にもとずく転貸借であつて建物所有者である松浦宏が控訴人会社にたいして新たに建物を賃貸したものではない。松浦宏と、松立産業株式会社との間の従前の賃貸借は継続しているのである。本件のような場合転貸借を競落人たる被控訴人に対抗できないとすることは不動産競売の差押が差押債権者や競買申出人のため強制競売の目的を達成させるに差支えない限度で所有者の利用、処分の権限を制限するという本来の趣旨をわきまえない論である。

(二)  訴外松浦宏から訴外松立産業株式会社にたいする本件建物賃貸および同訴外会社から控訴人会社にたいするみぎ建物転貸についてはみぎ各貸借のなされるさいそれぞれ同訴外会社および控訴人会社の取締役会においてその承諾をした。かりに明示の承諾がなかつたとしても、昭和三十四年十月一日までの間に暗默の承諾をした。かりにみぎ承諾の事実が認められないとしても昭和三十四年十月一日同訴外会社および控訴人会社の各取締役会において事後承認して、みぎ各貸借契約の追認をした。

(三)  控訴人会社以外の各控訴人は控訴人会社からいずれも、賃料一ケ月金千円毎月末日払、期間は控訴人会社に在職中の約で、つぎの日ごろにそれぞれ本件建物を再転借したものである。控訴人福島武夫は昭和三十二年十月、控訴人木暮寛一、同森山三郎、古川文蔵、生方孝は各同年三月、控訴人青木充、同鈴木常夫は各同年五月、控訴人田村力は同年四月、控訴人工藤善吉は昭和三十三年一月、控訴人鹿野淳二は同年三月、控訴人堀越郁夫は昭和三十二年三月、控訴人山根林は同年六月、控訴人小山三禹、同米山吉次は各同年五月。

(四)  訴外松浦宏は昭和三十一年十二月ごろ訴外松立産業株式会社にたいし同会社が本件建物を将来設立さるべき控訴人会社に転貸するとともに控訴人会社が将来従業人となるべき者に再転貸することをもあらかじめ承諾したものである。

(五)  かりに控訴人会社以外の控訴人らの転貸借が適法と認められないとすれば控控訴人会社を除くその他の控訴人らは本訴において(昭和三十六年四月二十六日午前九時三十分の口頭弁論期日)、本件建物にたいする各自己のためにする占有の意思を放棄し、もつぱら控訴人会社のために本件建物を所持するものとするから控訴人会社以外の控訴人らにたいする被控訴人の本訴請求は棄却さるべきである。

(六)  被控訴人は控訴人らにたいし、原判決の仮執行宣言にもとずき昭和三十四年十一月五日および翌六日の二回にわたり別紙目録記載の建物の各控訴人らの占有部分(原判決添付図面参照)について強制執行をしその引渡を受けたものであるから、本案判決変更の場合控訴人らはみぎ強制執行により占有を奪われた当該各占有に係りし建物部分の返還をもとめるため民事訴訟法第一九八条第二項の規定により主文第三項のとおり原状回復の裁判をもとめる。

(被控訴人の主張)

(一)  本件建物については昭和三十二年三月初訴外松浦宏の債権者八田忠雄から強制競売の申立があり、同月十三日競売申立の登記がなされた。みぎ登記は建物にたいし差押の効力が生じ、爾後その処分を禁止されることになるから本件建物がもし訴外松立産業株式会社に賃貸されていたとすればその後所有者である松浦は、同訴外会社がみぎ建物を控訴人会社に転貸するについてその承諾を与えることができなくなるわけである。控訴人は、この点について、松浦はあらかじめ松立産業株式会社にたいしみぎの承諾を与えていたものであるから競売申立登記後に同会社が控訴人会社に本件建物を転貸したのは有効であると主張する。しかしながら建物の引渡によつて賃貸借がなされた場合、その賃貸借は借家法第一条によつて対抗力を有するけれども、その場合、賃借権の譲渡また転貸につき賃貸人があらかじめ承諾していたかどうかは当事者間の意思表示の問題であつて外形から識別することは困難であるからこれにまで対抗力を与えることはできない。賃借権に登記のある場合でもその譲渡または転貸を認めるにはその旨の登記が別に必要な点から考えてもそのことは容易に理解できる。本件の場合松浦が松立産業株式会社にたいしあらかじめ本件建物を控訴人会社に転貸する承諾を与えていたとしてもそれは前述のように第三者に対抗できないのであるから、けつきよく控訴人会社はその転借権を被控訴人に対抗できないこと疑問の余地がない。

(二)  訴外松浦宏が本件建物を訴外松立産業株式会社に賃貸しついで同会社がこれを控訴人会社に転貸するにつきそれぞれその当時各会社の取締役会の明示あるいは默示の承諾を得た事実、またみぎ両会社が昭和三十四年十月一日それぞれ取締役会においてみぎ賃貸借および転貸借を追認したとの事実はいずれもこれを否認する。

(三)  かりにみぎ両会社の本件建物貸借に関する行為が無権代理行為で追認が可能なものであるとしても、本件建物にたいする競売申立登記のなされた昭和三十二年三月十三日当時にはいまだ追認なく、貸借は効力を生じていないのであるから本件建物はなんら賃貸借関係のない状態で差押をうけたものであり、したがつて被控訴人としてもその状態において競落したものといわざるをえない。

しかして民法第一一六条によれば無権代理行為の追認は原則として契約のときに遡つて効力を生ずるものであるが、第三者の権利を害する場合は追認はその効力を生じない。したがつて控訴人会社はその転借権を被控訴人に対抗できないものである

(四)  控訴人主張の(三)の事実を認める。

(五)  同(四)の事実を否認する。

(六)  同(五)の主張を争う。

(七)  同(六)の事実のうち控訴人主張のとおり強制執行あつた事実は認める。

(証拠関係)<省略>

理由

本件建物はもと訴外松浦宏の所有であつたところ、被控訴人が横浜地方裁判所昭和三十二年(ヌ)第二三号不動産強制競売事件において同年十月十日競落によりみぎ建物の所有権を取得し、昭和三十三年三月二十日その旨の登記を了したこと、控訴人らが被控訴人主張のとおり、本件建物をそれぞれ占有していたところ、被控訴人が控訴人らにたいし原判決の仮執行宣言にもとずき昭和三十四年十一月五日および翌六日の二回にわたり強制執行しその引渡を受けたことは当事者間に争ないところである。

被控訴人は前記所有権にもとずき控訴人らにたいし本件建物の明渡をもとめ、控訴人らはそれぞれみぎ建物について有効な転貸借または再転貸借あるがゆえに建物を占有する正権原があると主張するので、みぎ権原の有無について判断する。

一、控訴人東永興業株式会社の転借権

原審ならびに当審における控訴人会社代表者松浦宏の尋問の結果(各第一、二回)、原審証人河原良幸の証言、成立に争ない甲第二号証、乙第一号証、同第十三号証、みぎ松浦宏各尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる乙第二ないし四号証、同第五号証の一、二、三、同第六ないし八号証の各一、二、同第九号証の一、二、三をあわせると、東栄興業株式会社(同会社は昭和三十一年一月二十日松立産業株式会社と商号変更、昭和三十四年九月二十日東永紙器株式会社と商号変更した)は昭和二十八年六月十日、当時本件建物の所有者であつた訴外松浦宏から本件建物を期間は同日より昭和三十八年六月十日まで、期間中の賃料金八十五万円の約定で賃借し、賃借物件の引渡およびみぎ賃料の支払を了したが、のち昭和三十一年六月十日みぎ賃借期間を昭和四十一年六月十日とし、延長した期間の賃料は昭和三十八年に支払う旨約したこと、昭和三十二年三月二十八日控訴人会社が設立されると同会社は松立産業株式会社から本件建物を期間は同日から昭和四十一年六月十日まで、みぎ期間中の賃料金八十五万円で転借し、賃借物件の引渡をうけ賃料のうち三十万円は昭和三十二年四月二十八日支払済であること、みぎ転貸借については、昭和三十一年暮ごろには控訴人会社が間もなく設立せられる運びになつておりかつ松立産業株式会社および控訴人会社はいずれも松浦宏の同族会社であつたところから、控訴人会社設立のあかつきにはこれに本件建物を使用せしむべく、みぎ昭和三十一年十二月ごろにあらかじめ賃貸人の松浦宏から松立産業株式会社に転貸の承諾を与えていたこと、なお、みぎ建物賃貸借および転貸借をなすについては契約当時、松浦宏は松立産業株式会社あるいは控訴人会社の取締役であつたところから契約締結のさい当事者である松立産業株式会社ならびに控訴人会社の各取締役会の承認を経たこと、以上の事実を認めることができる。甲第十三号証の一、二の各記載、当審証人平田房恵の証言のうちそれぞれみぎ認定に抵触する部分はたやすく信用しがたく、甲第十ないし十二号証、同第十九号証によるも以上の認定をくつがえすにたらず、他にこれを左右し得る証拠はない。

みぎの次第で訴外松浦宏と松立産業株式会社との本件建物賃貸借、同会社と控訴人会社とのみぎ建物転貸借についてはそれぞれ各会社の取締役会の承認を経ているのであるから被控訴人の主張する商法第二六五条違反の抗弁は採用に由ないところである。

ところで、本件建物については、昭和三十二年三月十三日本件建物強制競売手続による競売申立の登記がなされたこと当事者間に争ないところであつて、被控訴人は、前記松立産業株式会社と控訴人会社間になされた本件建物転貸借はみぎ登記によつて差押の効力が発生したのちになされたものであるから控訴人の転借権を競落人である被控訴人に対抗できないと主張するので審究するに、みぎ競売申立登記のなされた当時における本件建物の所有者は訴外松浦宏であつて、同訴外人はみぎ登記ののちは建物について差押の効力をさまたげるような処分行為をすることができないこともちろんである。しかし同訴外人が松立産業株式会社にみぎ建物を賃貸したのは前記認定のとおり、みぎ登記の日以前であるからこの賃貸借は建物競落人たる被控訴人に対抗しうべきものである。つぎに建物の賃借人である松立産業株式会社が控訴人会社に本件建物を転貸した行為は、みぎ競売申立の登記ののちであることは前記認定のとおりである。しかし、本件建物にたいする差押は建物の所有者たる松浦宏にたいしなされたものであるから、これにより同人は本件建物につきみぎ差押の効力をさまたげるような行為を禁ぜられるこというまでもないが、第三者である松立産業株式会社の行為が差押により直接制限を受けるものではない。すなわち同会社の本件転貸借行為そのものはたとえ競売申立の登記ののちになされたものであつても直接これを禁じる趣旨の規定はない。ただみぎ転貸借が賃貸人ならびにその承継人に対抗しうるためには賃貸人の転貸にたいする承諾が必要であるからその承諾行為が競売申立の登記ののちになされたため競落人によつて否定せられ、その結果転貸借行為もまた差押債権者に対抗できない結果となるおそれを生じる。しかし本件においては前記認定のとおり本件建物の所有者である松浦宏は賃借人である松立産業株式会社にたいし本件差押の登記の以前においてあらかじめ同会社の控訴人会社にたいする本件建物の転貸を承諾していたのであつて、みぎ承諾の有効なかぎり松立産業株式会社の控訴人会社にたいする本件建物の転貸借行為は、松立産業株式会社の有する賃借権の範囲内の行為というべきで、控訴人会社の転借権もまた被控訴人に対抗し得るものと解さざるを得ない。

被控訴人は松浦宏が松立産業株式会社にあらかじめ本件建物を控訴人会社に転貸するにつき承諾を与えたとしても、みぎ承諾を第三者たる被控訴人に対抗できない旨主張する。しかし建物の賃貸借において建物の引渡があつたときは、そののちみぎ建物の所有権を取得したものは前賃貸人の地位をそのまま承継すること借家法第一条によりあきらかで、この揚合前賃貸借契約の内容たる特約もそのまま新所有者に移転するのであつて、新所有者の善意悪意を問わぬところと解さざるを得ない。よつて本件において松浦宏の松立産業株式会社にたいしあらかじめ与へた本件転貸の承諾も建物の競落人たる被控訴人につき効力を有するものというべきである。みぎに反する被控訴人の主張は採用できない。

してみると被控訴人会社は本件建物にたいする転借権にもとずいてこれを占有する権利があるものというべきで被控訴人の、同控訴人にたいする建物明渡の請求は棄却をまぬがれぬところである。

二、控訴人東永興業株式会社以外の控訴人らの再転借権

控訴人会社を除くその余の控訴人らがそれぞれその主張の日時その主張のような約定で本件建物部分を控訴人東永興業株式会社から再転借したことは当事者間に争のないところである。そして前段認定のとおり昭和三十一年十二月ごろ本件建物のもと所有者松浦宏は、みぎ建物を訴外松立産業株式会社に賃貸したさいに、同会社にたいし将来設立せらるべき控訴人会社にみぎ建物を転貸するについてあらかじめ承諾を与えたのであるが、当審における控訴人会社代表者松浦宏本人尋問の結果(第一回)によると、控訴人会社は物品の運送を目的とする会社であるところから控訴人会社はみぎ転借建物に運転手その他の従業員を居住せしむべく予定せられていたこと、そこで松浦宏は松立産業株式会社が控訴人会社に本件建物を転貸することを承諾すると同時に控訴人会社が従業員にみぎ建物を再転貸することをも承諾した事実を認めることができみぎ認定をくつがえすにたる証拠はない。

そうすると、松浦宏は、その所有の本件建物につき競売申立の登記をうける以前に控訴人会社からその他の控訴人らにたいする本件建物の転貸について承諾を与えたものというべきであり、みぎ控訴人会社の再転貸は被控訴人に対抗し得べきものであること前示松立産業株式会社の控訴人会社にたいする転貸行為とその理を一にするものである。

したがつて控訴人会社以外の控訴人らの本件建物占有もまた正権原にもとずくものというべきで、被控訴人のみぎ控訴人らにたいする本件明渡の請求も失当で棄却をまぬがれない。

以上の次第で被控訴人の控訴人らにたいする請求を認容した原判決は失当でとりけすべきものである。

そこで控訴人らの原状回復の申立について案じるに、被控訴人が控訴人らにたいし原判決の仮執行宣言にもとずき昭和三十四年十一月五日および翌六日の二回に控訴人らの本件各建物占有部分について強制執行しその引渡を受けたことは当事者間に争ないところである。ところで原判決は前段に判示したとおりの理由により失当で変更をまぬがれないから民事訴訟法第一九八条第二項に則り、控訴人らがみぎ強制執行により失つた本件建物にたいするそれぞれの占有の回復を被控訴人に命ずべきものである。

よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第九六条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 牧野威夫 判事 谷口茂栄 判事 満田文彦)

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